「愛がわからない」もテモテ通信2021年イースター号より
丁寧な言い方をすれば、孤独という表現が適切かもしれません。
自閉症スペクトラムという特性が明らかになった今は、孤独であるということが私自身の特性に起因しているのだろうという理解をしています。人の心がわからないというのも、もう一つの表現でもあります。
多くの人がそうであろうと考えている「共感」というものが欠落しています。じゃぁ何をどうやって理解しているのかというと、これもまたわからないわけですけれども、もの凄く冷静に他人事として捉えているように感じます。
よくある表現に「人の痛みに寄り添う」という「人の痛み」というのも正直わかりません。他人の悲しみや苦しみ、痛みに共感するという感覚が欠落しているのでしょう。ですから、多くの場合はなかなか共感するのは難しいです。妻の気持ちに寄り添うこともとても困難です。
物心がついたときにはすでに日々暴力を受けていました。親の温かみという記憶や感覚がありません。手を繋いだ記憶、おんぶや抱っこされた記憶、温かい家庭という記憶。記憶にあるのは、殴られ、罵声を浴びせられ、正座をさせられ、いつまで経ってもその場から自由になることが許されなかった小さな頃の記憶です。
泣きながら「やめて」と叫んでも止むことなく、殴られながら「このまま呼吸が止まって死んでしまえばいいのに」といつも考えていました。幼稚園に行くよりも前の年齢だったかもしれません。
物心がついたときには、すでに孤独を感じていました。この世界で自分一人しか存在しない世界。だれも助けてくれることなく、理解されることもなく、ただ一人で呼吸をしている。そういう世界が私が見ているこの世界です。この感覚は今も大きく変わる事なく、見えない壁の中で一人で生きている感じです。
こうなると、他人のことがわからないだけでは収まらずに、他人から受ける事柄を上手に受け止めることが出来ません。
「ありがとう」という言葉を言えるようになったのはいつからだっただろうか。2007年頃にうつ病で暗闇の中を歩み、暗闇から出てきた頃から「ありがとう」という言葉を言えるようになったと思います。それまでは人を疑い、何か私にはわからない裏があるんじゃないか、なんで私のために尽力してくれるのだろうか、私は何も返すものは無いのに。と思っていました。
正直に言えば、いまもこの考え方が抜けていません。でも、素直に「ありがとう」と思えばいいんだ。素直に「うれしい」と表現していいんだ。と50才を迎えるおじさんが感じるようになりました。
妻からたくさんの愛を受けているのだと思いますが、いまもって何が愛で、何を受け取っていたのかわかりません。妻からさえもわからないのですから、他の人からの愛というものもわかりません。
神の愛はわかるのですか?と問われたら「はい、10年祈り続けたら妻と結婚出来ました。」と。神さまには2000年の結婚式の時に感謝をしました。
その結婚式で妻は、「結婚の誓約の言葉が言えないかもしれない」と立会人の方に言ってからバージンロードを歩いたそうです。