「文系?理系?いや、それ以前の問題です。」もテモテ通信2021年新年号より

書字障害という障害を持っていると、とにかく色々と大変です。

ペンを持って字を書くという行為は、頭の中で文章を考えた上で、文字を思い起こし、それを手を動かして文字にするという最低でも三段階の行為が伴います。実際にはさらに途中に細かな行為、例えば「てにおは」が微妙に違えば文章を差し替えるように頭の中で組み立て直すという、行ったり来たりの思考作業が発生します。

文字を書くにあたっては、文字の構造であるヘンとつくりの位置関係を思い起こさないとなりません。

とにかく複雑すぎて、字を書く行為そのものに意識が向いてしまうと、今度は思考が止まってしまい、書きたいことが思い出せません。思考と行為がどうやっても一致することが難しいのです。

運動音痴とも関連があるように感じています。運動は概ね不良です。思考と行動を一致させることがどうやっても上手くいきません。

ボールを真っ直ぐ投げることが出来ません。飛んできたボールを打つことも出来ません。どうやったら上手に出来るのかも全くわからないままです。

それでもJリーグサッカーの指導者資格と審判資格を取得しました。実際のサッカーそのものはやっぱり不得意です。

唯一出来るのはスキーとスノーボードです。唯一ではなく唯二かも。

先日、年賀状の礼状を書くためにペンを取りました。「寒中お見舞い申し上げます」と書きたかったのですが、一文字目の「寒」という文字がちゃんと書けず、一枚目からはがきを無駄にしてしまいました。結局、妻に書いてもらい、私は署名だけを書いてはがきを投函しました。左右が逆になったり、ヘンとつくりが逆になるのはいつものことです。

いま、この文章を書いているのはパソコンです。パソコンが無ければこの様な文章を書くことも出来ません。思考がそのままに近い状態で文字化されるというのは、ストレスが少なく、思いのままに書くことが出来ます。とは言ってもこのパソコンでの文字化作業も、ストレスからの解放が目的ですから、文字入力はATOKという日本語入力ソフトを使わないとストレスだらけで、やはり文字化することが出来ません。

ATOKとは1987年からの付き合いですから16才の頃から約34年もの間、パソコンでの文字入力に助けられています。

しかし、当時も今も手書き文字での提出物が多い現実に、つねに困難がつきまとっています。ウイリアムス神学館でのテストもすべて手書きでした。ほとんどの解答はひらがなとカタカナばかりの解答用紙だったと思います。事前にテスト内容がある程度知らされているテストに関しては、あらかじめ解答文をパソコンで作りイメージで記憶します。それを書き初めのように何度も書き出し、テストの時には、イメージで文章を書き出すという、テストを受けているのか、記憶テストを受けているのかわからない状態になっていました。

物語がわからない、字が書けない、文章という仕組みとの相性の悪さ、なかなかやっかいな世界で今日も生きております。