無用な被曝はさせないという選択

息子の入学予定の公立中学校の修学旅行が福島県だった。

資料をもらってきた息子は「笑っちゃうよ」と言って帰って来た。

小学校の修学旅行の日光も行かせなかった我が家が、福島に行くことなどそもそもない。

福島が悪いわけでもないし、福島の人たちを疑っているわけでもない。

我が子を守るための選択であって、「小さい子どもを一人で留守番させない」や「一人でお風呂に入らせない」と同じで、「無用な被曝をさせない」だけである。

安全・安心とか、危険とかの選択ではなく、「無用な被曝をさせない」だけである。

東京から裏磐梯に行くまでの間、中通りを通って行く。東北新幹線や東北自動車道を計測しながら移動すればよくわかるが、那須を超えたあたりから空間放射線量が高くなってきて、郡山市内は車内においても0.5µSv/hから1.2µSv/hまでは上下していく。平均的に0.3µSv/hから0.8µSv/hくらいは当たり前の数値である。

ちょっとした草むらや、公園などは、それ以上の高線量の場所はいくらでも存在する。

 
紙面には「紙面ですと誤解が生じやすいものです。ご質問などございましたら遠慮無く校長までお問い合わせください」と書かれている。

「福島へ行くことの複雑な状況を理解している上」で福島行きを決定しているのである。

危険回避を第一と考えた場合、「誤解を生じやすい状況」や「安全である」と説明しなければならない場所は、危険を取り除けていないということの裏返しである。

 

行き先は裏磐梯、今まで行ってきた場所で、

「長年開発を重ね、充実した活動が可能です」

「教育委員会、他校校長を実地調査を行い、安全が確認されました」

「会津地方の方々は昔同様の生活をされています」 <-昔とは震災前のことだろうか。

とのこと。
早い話、「今までの事を踏襲し、行ってみたけど何も起きなかったから安全で、会津は何も変わっていませんよ」ということ。

このような表現を教育者が行うのだから、残念である。

何度も言っているが、安全安心を強調するのであれば、空間線量や土壌の放射性物質の含有量を計測し、その数値を発表し、医療関係の法律や原子力関係の法律と照らし合わせ、合理的な結論を導き出せば良いだけのこと。

学校の教育関係者は、論理的合理的思考を持ち合わせている人がほとんど見られない。

そのような教育者に育てられている子どもたちは、論理的合理的に思考することなど許されていないから、雰囲気に流される大人が量産され続けていく。

 

桧原湖周辺も、0.3µSv/hを超えているところがある。

私が福島に初めて行ったのは、震災が発生してから。40歳過ぎてから。
大人になってから、自分で選択して、いろいろなことを学べばよい。